1955年、パンアメリカン航空のパイロットたちのために誕生したGMTマスター。その長い歴史の中で、2005年は一つの転機となった。バーゼルワールドで発表されたRef.116710LNは、ロレックスに革命をもたらす素材「セラクロム」を初めて搭載したモデルである。黒を意味するフランス語「LN(Lunette Noir)」の名の通り、モノクロームの美学を追求したこの一本は、2007年にステンレススチールモデルとして待望の登場を果たした。
40mmのオイスタースチールケースは、先代から「スーパーケース」へと進化を遂げている。より太くなったラグには斜めではなく垂直のサテン仕上げが施され、ケース全体により力強い存在感を与えている。トリプルロック巻き上げリューズの採用も、このモデルの特徴である。
最大の特徴は、傷に強く退色しないセラクロム製のブラックベゼルである。プラチナがPVD蒸着された24時間目盛りは、永遠の輝きを約束する。このセラミック技術の導入により、アルミニウムベゼルの時代は終わりを告げた。
ブラックの「マキシダイアル」には、大型化したインデックスと針が配され、視認性が格段に向上している。特筆すべきは、鮮やかなグリーンのGMT針と、同じくグリーンで記された「GMT MASTER II」の文字である。この「グリーンアロー」と呼ばれる24時間針は、モノクロームのダイアルに唯一の彩りを添える。極初期のV番台には、ローマ数字のIIが脚のない「箸文字」と呼ばれる希少な個体も存在する。
心臓部に搭載されるキャリバー3186は、ロレックス独自のブルーパラクロム・ヒゲゼンマイを採用し、耐磁性と耐衝撃性を向上させている。センターリンクがポリッシュ仕上げされたオイスターブレスレットと、約5mmの延長が可能なイージーリンク機構を備えたクラスプも、このモデルの特徴である。
2007年から2019年まで製造された116710LNは、ステンレススチール製GMTマスターIIとして唯一のモノクロームベゼルモデルであり、その後継126710がジュビリーブレスレットとバイカラーベゼルへと移行した今、その希少性はますます高まっている。黒きセラクロムが刻んだ革新は、現代の時計史における一つの到達点なのである。